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※長くなりますが、全て振返ってみました。 (結構忘れてるけど)
5歳から17歳までクラシックバレエを習う
1988年冥風過劇団(当時宮城聰主宰)入団
1989年8月京都南座で初めて大駱駝艦天賦典式「怪談・海印の馬」を観て、舞踏というオドリをやってみたくなる
1990年大駱駝艦夏合宿参加、その後もワークショップに通う
1991年8月桃夭會(当時の大駱駝艦女性ユニット)「木譚」東北ツアー、9月大駱駝艦「怪談・海印の馬」オーストラリア公演(舞踏デビュー)
1992年桃夭會「あやかし」
1993年4月大駱駝艦「雨月」
同年5月玉野黄市とハルピン派「追憶の果実」フランス公演になぜか運良く出演
同年12月工藤治子、南条タマミと新しい大駱駝艦女性ユニットささらほうさら旗揚、「いずみの芽」上演(演出・工藤治子)
1994年ささらほうさら「酔古酒楽」(演出・工藤治子)
1995年1月大駱駝艦「雨月」「怪談・海印の馬」連続公演
同年夏第三エロチカ「四谷怪談・解剖室」客演
同年10月ささらほうさら「太陽の砂」(演出・工藤治子)ささら作品の中で唯一男性舞踏手(狸穴善五郎)が出演
1996年1月アートスフィア企画「パドカトル」クラシックバレエ・日舞・フラメンコ・舞踏の4組が同じタイトルの作品を上演するオムニバス。元ネタはクラシックバレエ。舞踏の演出は舞踏舎天鶏の鳥居えびす。
同年3月ク・ナウカ「道成寺」客演、というか役者さん急病の為代打
同年4月ささらほうさら「さくら」(演出・工藤治子)
同年秋〜冬大駱駝艦「死者の書」香港→大阪→東京ツアー
1997年5月大駱駝艦「死者の書」台湾公演
同年7月ささらほうさら「いしのこ」安田初演出。(師匠麿赤兒にボロクソ言われた)
1998年4月ささらほうさら「いろはにほへど」旗揚3名の共同演出
同4月「ダンスバトル・ダブルヘッダー」(2組のオドリを観客の採点で競う企画)の石丸魚の作品に出演
同年8月fish
dance project「錬姦秘儀」(演出・石丸魚)
同年10月大駱駝艦「流婆」
1999年3月大駱駝艦戯族シリーズ「黄金戯族」壺中天で金粉ショー。
同年10月ささらほうさら「花市」(以後演出・安田。この年始めに工藤治子大駱駝艦より独立)
同年12月麿赤兒ソロ「幽契」演出助手。役にたったのか判らない
2000年5月ささらほうさら「海兎」
同年9月大駱駝艦「完全なる人人」
同年11月石井眞木オペラ「閉じられた舟」客演
2001年2月大駱駝艦「怪談・海印の馬」北米ツアー。これを最後に大駱駝艦より独立、ささらほうさらもこの時独立←このユニット名は私の命名だったので非常に思い入れがあり、今後もこの名で活動したいと師匠、駱駝メンバーにお願いしての独立だった。(実質メンバー一人の再出発)
同年12月ソロ「カミサンチョーコ」
2002年4月「断層の見える絶景Vol.2」(6組のダンサーによるオムニバス)でソロ「とりむすめ」
同年5月「ダンスミトコンドリア」舞踏派踏鞴とささらほうさらのジョイント
同年6月ささらほうさらワークショップ発表会「ひずみとひじり〜おどるお肉★1.2.3〜」監修
同年11月大駱駝艦「泥芸者」客演
同11月ささらほうさら+声明Live「ユメノキ」声明担当の斎藤説成氏は「閉じられた舟」で出会った人
2003年1月大駱駝艦「泥芸者」大阪公演客演
2003年5月第2回「ダンスミトコンドリア」
2003年6月ささらほうさら「むっつり姐御」
2003年8月平原演劇祭
異業種混成ユニット桃と安酒「積分の嵐」
2003年11月山村俊雄個展「まほろば」アートコラボレーション
2004年5月原智彦 田の神祭「ムシムシフジムスメ」
ささらほうさら全員で客演
2004年5月劇団世界劇場「こまった恋愛悲劇」
2004年8月平原演劇祭
異業種混成ユニット桃と安酒「紅葉野異聞」
10月ささらほうさら「ヒベリニヨ〜河郎の恋する宿や夏の月」
2005年1月世界劇場「バラ犬」
2005年6月Power
Doll Engine「縛られたプロメーテウス」
世界劇場「仔羊たちの沈黙」
2005年7月平原演劇祭
異業種混成ユニット桃と安酒「ツルゲーネフの初恋改メ狂気の初恋」
2005年9月世界劇場「仔羊たちの沈黙」モンゴル公演
12月同凱旋公演
2006年5月イヌイット・イヌーク「舟のように」
2006年8月平原演劇祭
異業種混成ユニット桃と安酒Z「やし酒飲みの冒険」
2006年8月ささらほうさら「だいこんどの」
2007年7月滝田高之「肛門&シガレッツ」
2007年8月メロンオールスターズ「大菩薩峠の人々」
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