

さてまた歳をとる。
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1月14日(日)
個人稽古本年初日。明確な方向が見えるまで小屋はとらない、というなかなかにデンジャラスな方針で始めた作品作りのための稽古。だいたい、ケツを決めて動いてたんだよね。自主公演も。いただいたお仕事だって当然期日は決まってるし。これで実現に向うのは結構大変かも、夏休み最終日に泣きながら宿題片付けてたクチとしては。でも、「とりあえず見れるもの、ぎりぎり及第点、にするため」に、??なところに目をつぶる、をやり続けるのも、もう嫌だ。
自分で見れないのでビデオカメラ付き。半壊れで何年もほっといたカメラで。いつの何用か判らん昔の稽古風景の録画テープが入ってた。・・・・・なんでパン一煤i ̄□ ̄;)。衣装合わせでもあったのか?それとも単にキアイか?わけわからん。ボツにしたシーンらしく全く記憶なし。
結局スネてほとんど動いてくれないカメラ君をメンテに出す。動き散らし。動くよりもノートに言葉羅列する時間のが長い。帰宅しても続く。TVの芸術劇場ではニブロール。今夜ひとんちの舞台みたらヘコむだけの気がしてチャンネル替えた小心者。

1月13日(土)
稽古。去年までの公開も含めたささらほうさら稽古ではなく、前回の日記分の稽古からは、再始動した別の稽古である。母体は、去年の合同稽古。ただ、もっと突き詰めたいという思いをそれぞれ抱えてのスタート。ささら側黒谷側共にこの形態になったため参加を見合わせることになった人間もいる。それはそれ。冷たいかもしらんが、舞台の時は舞台のためのことしか考えたくない。ひとりひとりの人生まで私は背負わない。ダメ人間としてせめて日常の壁を舞台では肥やし扱いして昇華する位ずうずうしく行けることが第一条件。これだって甘いって怒られちゃうぞ?
で、今日は公演が来月に迫っている黒谷欠場。モノ遣い稽古のリーダーはずっと黒谷だった。が、今日は北井が。新鮮。明確に宿題も出してくれるし。私がカラダ稽古を長々やったために時間足らずにしてしまった。2日体制予定を崩したのよくなかったかな?やっぱ2日いるかな?
カラダ稽古で、去年のここでもささらでもやってなかったエセコンタクトインプロやってみる。面白かった。過去、オドリしたい人達とかまたはセラピー系の人達としかやったことなかったのでその感じを予想してたら全然違って。モノ・人形遣いの、他者の体の扱い方が繊細なのになんて遊び心に溢れてて意外性に富んでて、って。どどどーーって思いに没頭しないでみんなが空気的確に読んでるみたいなのも初めて。引いてみたりとかすぅって自然にやれるんだモノ遣いって。あと松本面白かったな。あなたはいつでも踊っているんだね。しようがされようが。
そんで、動かされることがヘタだと動くことも動かすこともできない、動かすこと動くことがヘタだと動かされることもできない、つうことは、モノカラダ両方の稽古通じてやっぱしそうなのかと思った。

1月7日(日)
明日は初稽古だな。去年の稽古納めから、何をやろうかって思い浮かべてきてた。まああんましたいしたことはできないけど。去年1年やってきたことから何を広げようかとか、ひとりひとり思い浮かべてどんなことを言ってみたらいいかなとか。そういや稽古納め飲みで結構爆したけど、みんな稽古来んのかな?まあーなるようにしかならんか。
暮れに場末っぽい飲み屋街の看板達をぼんやりみてて、筆書き風の文字でママの名前かなんかが店の名前になった看板。「えりこ」とかそんなん。毛筆っていいなとか思いながらながめて。とめとかはねとかはらいとか、ぐっ、と押しつけてすうっとひく、みたいなのすごくいいなあって。ひとつの文字の中に色んなもんが入ってて。毛筆みたいに踊りたいなあと思った。なんかおんなじ筆圧でボールペンで書いたようなことやってるような気がして。クソ面白くもないなあって思って。
今日は仕事初め。オドリモデル。なんかボールペンになっちゃってがっくり。やろうと思ったとば口のひとつっから抜け出せなくなっちゃって、動きも呼吸も見渡し方も。
